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大阪地方裁判所 平成10年(ワ)1011号 判決 2000年5月17日

原告

山神ヨシエ

被告

栁田修三

ほか一名

主文

一  被告らは、原告に対し、各自、金一〇一三万五〇九二円及びこれに対する平成六年八月一〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、これを五分し、その一を被告らの、その余を原告の負担とする。

四  この判決は、一項に限り仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

被告らは、原告に対し、各自、金五六三七万七四七五円及びこれに対する平成六年八月一〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

一  争いのない事実等(証拠により認定した事実については証拠を掲記する。)

1(本件事故)

(一)  日時 平成六年八月一〇日午後四時三〇分ころ

(二)  場所 大阪市中央区千日前二丁目九番一九号先道路上(甲一、三に弁論の全趣旨を総合すると、本件事故場所は、「大阪市中央区難波一丁目四番一〇号先路上」ではなく、前記のとおりであると認められる。原告本人の右に関する供述は採用できない。)

(三)  被告車両 被告栁田修三(以下「被告栁田」という。)運転の普通貨物自動車(なにわ八八か五九三)

(四)  原告車両 原告運転の足踏式自転車

(五)  態様 交差点で原告が原告車両に乗り横断を開始しようとしたとき、後退してきた被告車両に衝突したもの

2(責任)

(一)  被告栁田は、車両を後退させるに当たり、後方の状況に注意し、安全を確認すべき注意義務があるのに、これを怠り、漫然と車両を後退させた過失により原告を負傷させたものであるから、民法七〇九条により本件事故により生じた原告の損害を賠償する責任がある。

(二)  被告新栄運輸は、被告車両の保有者であり、被告車両を自己の用に供していた者であるから、自動車損害賠償保障法三条により原告の損害を賠償する責任がある。

3(損害填補) 七八一万二三一一円

(一)  任意保険 二二万〇七八〇円

(二)  自賠責保険 六一六万円

(三)  任意保険(治療費)一四三万一五三一円(乙一一ないし一三、一四の1ないし4、一五)

二  争点

1  事故態様・過失相殺

(一) 原告

交差点で信号待ちをしていた原告が、青色信号に変わったので進行しようと原告車両に跨ったとき、後退してきた被告車両が原告車両及び原告の身体に衝突し、原告をはじき飛ばして停止していたタクシーに当たらせて転倒させ、負傷させたもの

(二) 被告ら

被告車両は、対面信号機(東西車両用)の青色表示に従って交差点に進入した後、一時停止して後退を開始した(東西車両用信号が赤になってからそう長い時間経っていないはずである。)ところ、本件事故が発生したのであるから、原告は、一時停止することなく、交差点に差し掛かった速度のまま、対面信号機が青色になるのと同時ないしは直前に見込み発進して、本件事故に遭ったものである。

青信号になっていたとしても、信号の変わり目に信号残りの車両があれば、これらを通過させてから進行すべきであるから、交差点内に残った被告車両の後退しつつあることに気付かず、漫然従前の速度のまま交差点に進入した原告にも過失がある。

したがって、少なくとも一〇パーセント程度は、過失相殺をすべきである。

2  傷害、治療経過、後遺障害

(一) 傷害

原告は、本件事故により、「右橈骨遠位端骨折、右尺骨遠位端骨折、外傷性交感性ジストロフィー」の傷害を負った。

(二) 治療経過

(1) 宇都宮外科・胃腸科

平成六年八月一〇日通院

(2) 久保整骨院

平成六年八月一〇日から同年八月二三日まで通院(実通院日数九日)

(3) 石井医院

平成六年八月一一日通院

(4) 岩本整形外科

平成六年八月二四日から平成七年三月三〇日まで通院(実通院日数一六七日)

(5) 大阪市立総合医療センター

平成七年三月二七日通院

(6) 大阪厚生年金病院

平成七年四月三日から平成九年八月二一日まで通院(実通院日数五〇三日間)

(7) 大阪大学医学部附属病院

平成七年四月一四日から同月二六日まで通院(実通院日数三日)

(被告ら・原告の本件事故による傷害は、平成七年一一月三日には症状固定している。)

(三) 後遺障害

原告は、本件事故による傷害により、右腕に骨萎縮、筋萎縮を伴う拘縮が残存し、激しい疼痛感じている。

いわゆる主婦労働についても全くできない状況であり、配偶者において炊事・洗濯など全ての家事を行っている状況である。

以上のような事情等に鑑みれば、原告の後遺障害は、自動車損害賠償保障法別表にいう後遺障害等級三級に相当する。

(被告ら・原告の後遺障害は、神経症状を認めたとしても一二級と見るのが相当であり、仮に、原告の心因性の素質が関与して生じたところをくむとしても、九級一〇号を超えることはない。)

3  損害

(一) 治療費 四四万二九〇〇円

本人が直接支払った平成七年四月三日以降平成九年八月二一日までの治療費の合計は四四万二九〇〇円である。

(二) 通院交通費 三六万二五〇〇円

(1) 大阪厚生年金病院通院分 三五万七八二〇円

<1> 平成七年四月から同年八月まで

往復660円×86日=5万6760円

<2> 平成七年九月から平成九年三月まで

往復720円×339日=24万4080円

<3> 平成九年四月から同年八月まで

往復740円×77日=5万6980円

(2) 大阪大学医学部附属病院通院分 四六八〇円

(三) 休業損害 八三五万五二〇六円

基礎年収 三四四万〇八〇〇円(平成六年賃金センサス、産業計、企業規模計、女子労働者、学歴計、五〇ないし五四歳)

期間 平成六年八月一〇日から平成九年八月二一日まで一一〇八日

労働能力の制限 主婦労働が八〇パーセント程度制限された。

344万0800円÷365日=9426円

9426円×1108日×0.8=835万5206円

(四) 左鎖骨骨折による損害

(1) 左鎖骨骨折の発生

原告は、平成九年一二月一〇日午後八時ころ、大阪市住吉区の路上において、歩行中、本件事故による傷害ないし後遺障害である外傷性神経性ジストロフィーに起因する右半身の痙攣により転倒し、左鎖骨を骨折した。

(2) 左側外傷性神経性ジストロフィーの発症

原告は、前記左鎖骨骨折に伴い、左鎖骨骨折後反射性交感神経性ジストロフィーを発症した。

(3) 治療経過

左鎖骨骨折及び左側外傷性神経性ジストロフィーの治療経過は、次のとおりである。

<1> 長整形外科

平成九年一二月二一日から平成一〇年五月二〇日まで通院(実通院日数一〇二日)

<2> 大阪労災病院

平成一〇年二月二〇日から同年五月一一日まで通院(実通院日数九日)

右通院日数のうち六日の重複があるので、現実の実通院日数は合計一〇五日である。

(4) 治療内容

平成九年一二月一一日から平成一〇年一月一二日まで患部のギブス固定がなされた後、三角巾で固定がなされた。

(5) 後遺障害

平成一〇年六月ころにおいては、左鎖骨骨折につき軽度の骨折部の転移が認められるほか、仮骨形成は不良であって、肩甲骨・上腕骨には廃用性の骨萎縮があり、また、外傷性神経性ジストロフィーの症状として三七度台の微熱が続き、左側頸部から上腕にかけて、やけど様の痛みが常時ある状態である。

また、左肩関節の可動域はほとんど〇度であり、運動時に激しい痛みが残存している。

(6) 左鎖骨骨折及び左側外傷性神経性ジストロフィーによる損害

<1> 治療費 一〇万六五一五円

<2> 通院交通費 七三八〇円

<3> 付添看護費 三一万五〇〇〇円

3000円×105日=31万5000円

<4> 休業損害 一五一万七五八六円

休業期間 平成九年一二月一一日から平成一〇年五月二〇日までの一六一日間

9426円×161日=151万7586円

(五) 傷害慰謝料 二五〇万円

(六) 逸失利益 二四四五万一一六八円

労働能力喪失率 一〇〇パーセント

就労可能年数 九年

新ホフマン係数 七・二七八

基礎年収 三三五万九六〇〇円(平成八年賃金センサス、産業計、企業規模計、女子労働者、学歴計、五五ないし五九歳)

335万9600円×7.278=2445万1168円

(七) 後遺障害慰謝料 一九〇〇万円

(八) 弁護士費用 五七〇万円

4  素因減額

原告の治療の長期化、後遺障害を一二級を超えて重くなったことをみとめる場合には、これは原告の心因性の素質が大きく関与しているから、この点の寄与度は五割以上である。

第三判断

一  争点1(事故態様・過失相殺)

証拠(甲三、原告本人、被告栁田本人)によれば、次の事実が認められる。

1  本件事故現場は、東西方向の片側五車線の道路に南北方向の道路(北側は千日前商店街)が交差する信号機により交通整理の行われている交差点である。

2  被告車両は、対面信号機(東西車両用)の青色表示に従って西から東に向井交差点に進入した後、東西方向道路の第一車線(歩道寄り車線)に被告車両を駐車させようと、一時停止して後退を開始したところ、対面信号の青色表示に従い原告車両に乗って北から南に向かい横断を開始した原告と被告車両が衝突し、原告は転倒した。

以上の事実が認められ、これを覆すに足りる証拠はない。

右に認定の事実によれば、原告にも交差点内で後退している車両のあることを認識し得たものとはいえるが、被告栁田は、交差点内で車両を後退させるという特殊な走行をする以上、信号表示を十分に注意し、横断歩行者等の動静に十分注意し、その進行を妨げないようにすべきであったのに、これを怠った過失により本件事故を発生させたものであるから、本件事故発生の責任は専ら被告栁田にあり、右事故状況からすれば、本件において過失相殺をしなければ公平に反するということはできない。

二  争点2(傷害、治療経過、後遺障害)

1  傷害(乙ニないし八)

右橈骨遠位端骨折、右尺骨遠位端骨折、外傷性交感性ジストロフィー

2  治療経過

証拠(乙ニないし八)によれば、争点2(二)(治療経過)の事実が認められる。

3  後遺障害(乙一ないし八、一六、原告本人、弁論の全趣旨)

九級一〇号(神経系統の機能又は精神に障害を残し、服することができる労務が相当な程度に制限されるもの)

右は自動車保険料率算定会の認定のとおりであり、原告の傷害は、平成九年八月二一日症状固定し、右橈骨、尺骨の骨折により反射性交感神経性ジストロフィーを発症したため、その疼痛のため、服することのできる労務が相当程度制限されていることが認められる(なお、原告の転倒による左鎖骨骨折は本件事故と因果関係を認めることはできない。)。

三  争点3(損害)

1  治療費 一八七万四四三一円

原告が負担した平成九年八月二一日までの治療費は四四万二九〇〇円(弁論の全趣旨)であることが認められる。

他に被告側が支払った治療費は前記のとおり一四三万一五三一円である。

2  通院交通費 三六万二五〇〇円(原告本人、弁論の全趣旨)

3  休業損害 五二二万二〇〇四円

原告(昭和一五年一月二三日生)の傷害の部位、程度及び通院状況からすると、原告は、平成六年八月一〇日から平成九年八月二一日までの一一〇八日間にわたり、主婦としての家事労働を平均して五〇パーセント制限されていたものと認めるのが相当であるから、原告の休業損害は、次の計算式のとおり五二二万二〇〇四円となる。

344万0800円÷365日=9426円

9426円×1108日×0.5=522万2004円

4  左鎖骨骨折による損害

原告が歩行中転倒したことにより左鎖骨骨折の傷害を負ったのは、症状固定後である平成九年一二月一〇日であること、原告の反射性交感神経性ジストロフィーを考慮しても、右症状と原告の転倒との間には因果関係を認めるには至らないから、左鎖骨骨折を前提とする損害の主張は理由がない。

5  傷害慰謝料 二〇〇万円

原告の受傷の部位、程度及び通院状況からすると、原告の傷害慰謝料は、二〇〇万円と認めるのが相当である。

6  逸失利益 九一九万四四九八円

原告の後遺障害の部位、程度からすると、逸失利益は、次のとおり算定するのが相当であると認められる。

労働能力喪失率 三五パーセント

就労可能年数 一〇年(ライプニッツ係数七・七二一七)

基礎年収 三四〇万二一〇〇円(平成九年賃金センサス、産業計、企業規模計、学歴計、女子労働者全年齢平均賃金)

340万2100円×0.35×7.7217=919万4498円

7  後遺障害慰謝料 五七〇万円

原告の後遺障害の程度からすると、後遺障害慰謝料は、五七〇万円と認めるのが相当である。

8  以上を合計すると二四三五万三四三三円となる。

四  争点4(素因減額)

証拠(乙一ないし八、一六)によれば、原告の本件事故による傷害は、基本的には右橈骨、尺骨の骨折であり、通常であれば、六か月程度で症状固定するものであること、長期治療となったのは、原告の愁訴が多くそれの対症療法としてなされた面が多分にあること、反射性交感神経性ジストロフィー自体自律神経異常であり、原告の心因性要素が基盤にあることが認められるから、前記損害額のすべてを被告らに負担させることは、損害の衡平分担という不法行為法の理念からして相当ではなく、前記損害額からその三割を素因減額するのが相当である。

前記二四三五万三四三三円からその三割を控除すると、一七〇四万七四〇三円となる。

五  損害填補

七八一万二三一一円が既に損害填補として支払われているから、これを控除すると、九二三万五〇九二円となる。

六  弁護士費用 九〇万円

本件事故と相当因果関係のある弁護士費用は、九〇万円と認めるのが相当である。

七  よって、原告の請求は、一〇一三万五〇九二円及びこれに対する本件事故の日である平成六年八月一〇日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由がある。

(裁判官 吉波佳希)

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